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もっと早く教えてくれよって思った内容を書いていきたいと思います。

ブルース・リー

あれから50年

道家であり役者のブルース・リーが亡くなったのが1973年7月20日

今から50年以上前のことになる。

ブルース・リーは1940年11月27日に、サンフランシスコのチャイナタ ウンにある、チャイニーズ・ホスピタル(東華醫院)にて誕生した。

ブルースという名前は、病院の看護婦がつけたとか。

中国名では李振藩(りしんぱん)となる。

李小龍(りしょうろん)というのは芸名になる。

父は香港で有名な喜劇役者で母はドイツ人。

姉が二人、兄一人、弟一人の5人兄弟。

ブルース・リーが亡くなった1973年2月から「燃えよドラゴン」の撮影は開始された。

撮影は、同年4月にクランクアップした。

ブルース・リーは中国語の標準語である北京語が話せない。

彼が話せるのは広東語。

このため、撮影中、音声は録音しないので、撮影後に音声を入れることになる。

同年5月からは音声吹き込みを行っていた。

しかし、その際、昏倒。

意識不明の重体だったが、回復した。

ブルース・リーは渡米し、精密検査を受けることになった。

検査の結果は異常なしだった。

ところが、同年7月に他界した。

映画の公開は、その後になる。

10月18日に香港で公開され、世界中で大ヒットした。

残念ながら、ブルース・リーは「燃えよドラゴン」が大ヒットしたことを知ることはなかった。

なぜ32歳の若さで?

死因は、当初、テコンドーの達人と戦った結果の後遺症によるものだとか言われていたが、現在の公式発表では、鎮痛剤「エクアジック」への過敏性反応による脳浮腫によるものだと言われている。

もう一つ、水の飲みすぎによるものだという説も浮上している。

ブルース・リーは身体が処理できる以上の水を飲んだことで、これが「低ナトリウム血症」という症状につながったのではないかという検証結果が示された。

具体的には、腎臓の機能障害であり、水分の恒常性を維持するための十分な水分を排泄することができなくなったというもの。

この場合、数時間以内に低ナトリウム血症、脳の腫れを引き起こし死に至る可能性がある。

しかし、ブルース・リーは健康には気を遣っていたと思っていたが、食事はアルコールとジュースが、中心だったらしい。

また、薬物(マリファナ)を摂取したりしていたという話まである。

武術を行う者として自分の身体にダメージを与えるようなことをするのは、不自然。

そして、彼は水という言葉大好きだった。

連続ドラマの「ロングストリート」では、水を台詞にも採用されている。

心を空にしろ。

形を捨てて、水のように。

水をコップに注げば、コップになり、瓶に注げば瓶に、急須に注げば急須になる。

水は流れることも砕くこともできる。

水になれ友よ。

いくら「水になれ」と言っても、水をたくさん飲むなんて無茶なことはしないはず。

死因は、なんであれ、32歳で亡くなったという事実は変わらない。

実に若すぎる。

今も存命なら82歳で今年、83歳を迎えていたことになる。

もっと彼の映画を見てみたかった。

燃えよドラゴン

自分が、ブルース・リーの名前を初めて知ったのは、映画「燃えよドラゴン」のテレビ放送。

日本語吹き替え版で「宇宙戦艦ヤマト」の古代君の声優も務めた「富山敬」さん。

深夜に放送されていて、何気なく映画の最初から見ていた。

ブルース・リーの厳しさの中にある優しさを感じさせる演技に惹かれた。

弟子に蹴りの稽古をつけている場面。

リー:「蹴れ」

弟子:リーに向かって蹴りを入れるが簡単にかわされてしまう。

リー:「何だ?それは見せ物か? 五感を研ぎ澄ませるんだ?」と指でこめかみ部分を指した。「もう一度」

弟子:自分の蹴りをけなされて怒っていることが表情に現れている。

リー:「五感を研ぎ澄ますんだ、怒りではない もう一度、やれ」

弟子:リーに対して、もう一度蹴りを入れる。

※見違えるような蹴りになった。

リー:「そうだ、何か感じたか?」

弟子:「そうだな・・・と考えるような仕草をした」

リー:すかさず、弟子の頭を叩いた。

弟子:ビックリしてリーの方を見る。

リー:「考えるな、感じろ」

リー:月を指さすのと似たようなものだ。と空の方を指さす。

弟子:その指を見る弟子

リー:また、弟子の頭を叩いた。

リー:「指に集中するんじゃない、その先の栄光が得られない。わかったか?」

弟子:深々とお辞儀をした。

リー:すると、また弟子の頭を叩いた。

リー:「敵から目を離すな 礼の時も」

弟子:リーから目線を外さずお辞儀をして立ち去った。

何気なく見ていた映画だったが、このシーンで、完全に引き込まれてしまった。

何より、映画の中で、ブルース・リーが演じる「リー」は誰よりも圧倒的に強かったところに惹かれた。

ブルース・リーにとっての武術とは

「The Pierre Berton Show のブルース・リーに対するインタビューが香港で行われ、その内容がカナダで1度だけ放送された

これが、現在、「The Lost Interview」ということでDVDにされている。

そのインタビューでブルース・リーは、俳優・武術家・人間として全てを武術から学んだので、武術はブルース・リーの人生においてとても深い意味があるということで、武術についての説明をインタビュワーから求められ以下のように答えている。

武術は戦うための技術で「空手」を始め「柔道」やクンフーまたは「中国拳法」も含まれる。他にも合気道、韓国空手など色々あるが、戦う技術を系統化したものになる。

スポーツになったものもあるが、本来の武道は、股間へのキックや目を突く技なども使う。

・・・途中略・・・

率直に言って武術は自分を表現すること。

とても難しいことだけど。

カメラの前で演じるのは簡単さ。

うぬぼれた気分で、気取って演じるのはね。

ありもしない技で、派手な動きを見せることもできる。

だが自分自身を正直に表現するとしたら、自分を偽らずに正直に表現するなら、練習を積み、いざという時に、反射的に動けないとダメだ。

動きたい時に動く。

しかも動きと思念には少しのズレも許されない。

打つべき時に必ず打てないとね。

そのために鍛えておくんだよ。

思った通りの自分になれるように。

ブルース・リーは、32歳で人生を終えてしまったが、ファンの中では永遠に絶頂期の記憶のまま今も生き続けていることになる。

それでも、やはり、最高傑作の「燃えよドラゴン」以上の作品をブルース・リーなら作ってくれるのではないか?という期待をさせてくれるので、悔やまれてならない。