ライト兄弟
テレビ番組で、漫才を行っている動画を見た。
ダウンタウンの動画なんて、ずっと見ていなかったので新鮮な感じがした。
漫才は、毒舌系の内容で、親を弄ったり、家族の中で1番いらない人は誰か?父が律儀だとライターもマッチもなく通りかかった近所のおじさんにタバコの火を借りたら利子つけて返さないといけないから、家に火をつけてやった。
こんな感じで笑いを取ろうとする漫才だった。
漫才が終わって司会の横山やすしさんから、以下のような指摘を受けていた。
漫才師やから何をしゃべってもええねんけど、笑いの中にね、良質な笑いと悪質な笑いがあるわけ。
なぁあんたら二人は悪質な笑いやねん。
そいと出てきてね、テレビ出てきて言えるような漫才やちゃうやないか。
例えばやな、お父さんけなしたりやな、自分らは新しいネタやと思てるけどな、そんなもん賞味、イモのネタや。
【出典】1982年12月12日放送:「ザ・テレビ演芸」より
横山やすしさんといえば、漫才コンビ「やすしきよし」通称、やすきよで、漫才界のレジェンド的な存在。
普段は自由奔放でかなりの無茶をしていた横山やすしさんが、こんなことを言うとは、正直、驚いた。
確かに「やすきよ」の漫才は子供に見せられる「良質の笑い」の漫才だったので、横山さんの価値観では「ライト兄弟」の漫才はテレビに出して良いものではなかったのだろう。
しかし、80年代の漫才ブームでの漫才は、ツービートの「赤信号みんなで渡れば怖くない」を代表とする「悪質な笑い」が目立っていた。
ダウンタウンの松本さんは、漫才コンビ「紳助(島田紳助)竜介(松本竜介)」の漫才に憧れていたという。
紳竜の漫才は、暴走族の格好でのツッパリネタ。どちらかと言うと「悪質な笑い」だと思う。
ダウンタウンのネタは、ほぼ松本さんが考えていたので「紳竜」の漫才の影響を受けて「悪質な笑い」になってしまうのは仕方ないし、何より漫才ブームで「悪質な笑い」がウケることが証明されていた。
漫才ブームで、新たな漫才のジャンルに「悪質な笑い」が加わったのだと思っている。
弟子にならなかったダウンタウン
漫才師を目指そうと思った時には、名のある漫才師に弟子入りするというのが王道だった。
弟子が悪質な笑い系のネタを作れば、師匠が横山さんのように指導してくれたはず。
自らが師と仰ぐ人の言葉なので言うことを聞くしかない。
漫才ブームによって、吉本興業は、芸人を養成する「吉本総合芸能学院(NSC)」を立ち上げた。
ダウンタウンは、誰かの弟子になるのではなく、NSCの第一期生の道を選んだ。
師匠の指導を受けていないダウンタウンなので、漫才の王道を歩んでいた、「やすきよ」に認められるはずはない。
横山やすしさんには、「テレビに出てきて言えるような漫才やない」と言われたが、世間は、ダウンタウンの漫才を受け入れてくれた。
それは、ダウンタウンに魅力があったのは、勿論のこと、80年代の漫才ブームによって毒舌漫才が当たり前になっていたことが大きかったのではないだろうか?
そして、師匠ではなく先生を選んだから、我が道を行くことができて「悪質な笑いで」天下を取ったのだと思う。
先生より師匠
とは言っても、自分も芸人は、弟子になった方が良い面もあると思っている。
横山やすしさんの師匠は、「横山ノックさん」で「横山パンチ(上岡龍太郎さん)」、「横山フックさん」と共に、トリオ漫才「漫画トリオ」として一世を風靡した。
「パンパカパーン パパパ パンパカパ~ン 今週のハイライト」から入る、時事ネタ風の漫才が特徴。
2023年5月29日に亡くなられた上岡龍太郎さんが「芸人になるような心根の奴やから、時間を守るはずがない。時間守る奴なら会社員になるんやからね。(時間に遅れても)その時の言い訳が面白ければ許すんですよ。それが面白くなかったら怒るけどね。どんな異常事が起きても、その時、笑いでごまかせる奴の方が芸人になれる」と松本さんに話していたことある。
その時、松本さんは「絶対そうですよね!」と激しく同意していたのが印象的だった。
先生だと、こんなことを言ったりしないと思う。
先生より師匠だと思うのは、建て前ではなく本音で指導してくれるという点。
本音で、指導するからこそ、説得力が増す。
何より間近でプロの技術を体験することができるというのは弟子にならないと出来ないことだ。
自分は芸人ではないが、講習などで学んだことは1か月もすれば忘れてしまうが、誰かについて学んだことは今でも忘れないことを身を持って経験している。
上岡龍太郎さんのご冥福をお祈り致します。