智弁対決
第103回全国高校野球選手権大会の決勝は、「智弁」対決になった。
この両校、同じ法人で、きょうだい校(※)なので、ユニフォームも帽子もほぼ同じで見分けるのが難しい。
(※兄弟校と書きたかったが共学で、なぜ、姉妹じゃないとか、男女差別と言われそうな気がしたのでひらがな表記にした。面倒臭い世の中だ。)
帽子の形の違いで区別するのが一番わかりやすい気がする。
智弁対決は智弁和歌山が9対2で勝利し21年ぶり3回目の優勝を果たした。
イチローが非常勤コーチ
智弁和歌山は、学校の教職員が草野球でイチローのチームのデビュー戦で戦うといった交流があることから、2020年の12月に3日間の非常勤コーチとし智弁和歌山を指導している。
学生を指導する場合、学生野球資格が必要になる。
更にプロ野球選手の学生野球指導は原則的に禁じられている。
プロ野球選手が学生野球指導を取得するためにはプロ野球球団の退団及び学生野球資格の資格回復の手続きが必要になる。
資格回復には、プロ、アマチュア双方の研修会を受講する必要があり。また母校以外で教える場合には指導する学校が所属する野球連盟に指導者登録を行う必要がある。
イチローは2019年に引退しており、研修会も2020年に受講を終えている。
しかし、現在は会長付特別補佐兼インストラクターとして引退後もマリナーズに在籍しているので、プロ野球球団を退団していないことになる。しかし、野球界への功績が大きい、アマ選手の獲得に携わる立場ではないということから資格回復が認められている。
つまり、プロ野球選手の指導が禁じられているのはプロへの勧誘を防止する目的からになる。
イチローが智弁和歌山の臨時コーチを引き受けた経緯は、智弁和歌山が2018年秋季近畿大会準々決勝で春夏連覇の大阪桐蔭に5対2で勝利したにも関わらず準決勝で明石商業に12対0の5回ゴールドで負けた試合をイチローが明石商業側から生観戦していて智弁和歌山の応援に感激し、応援曲の音源がないか?と智弁和歌山の監督に問い合わせたことがキッカケで交流が始まった。
これが、イチローの草野球チーム「KOBE CHIBEN」の結成に至った。
智弁和歌山の応援と言えば、アルプススタンドでの「C」の人文字と応援曲の「ジャックロック」この曲が演奏されると逆転劇が起こる。
テレビで見ていても感動するので生観戦していたイチローが応援曲の音源を問い合わせた気持ちはよくわかる。
イチローが智辯和歌山で教えたこと
イチローが智弁和歌山の臨時コーチを受けた理由は、交流があったということだけではなく、高校野球で全国制覇を目指しているレベルを一番最初に見たい。トップを見てみたい。というものだった。
そして、2020年12月2日イチローは智弁和歌山にやってきた。
これから3日間、イチローは日本の高校野球のトップを指導することになる。
- 日本一を本気で目指しているチームの野球を3日間だけなんですけど、見させてもらいます。もちろんみんなと話もしたいし楽しみに3日間過ごします。よろしくお願いします。
1日目:見る
- 智辯和歌山の練習は、イチローに「メジャーリーガーが見たらぶったまげるよ」と言わせるほどの練習量だった。テンポがよく、そつのない練習。例えば、ノックで誰かがミスをすると全員がその場で、ジャンプを20回しないといけない。
しかし、練習量が多いことをイチローは懸念した。
ボールを投げる数がものすごく多いので、意識しなくても本能的に最後まで体力が持つように調節してしまうのが人間だと思うので、そういう癖がつかなければいいかなと。
2日目:伝える
イチローは初日に見て感じた、練習量が多いことに対する懸念を選手に以下のように伝えた。
- 練習が厳しいから最後まで体力が持つように調整してしまうように、どうしても動いちゃう。でも一回強い球を投げられる限界をそういう練習をして。
言葉だけではなく、キャッチボールで、限界まで強い球を投げることで思いを伝えた。
1年生の部員はイチローの投げた球を受けると「あー痛いっ」と思わず声を上げるほどだった。
イチローは初めての子には必ず、全力で強い球を投げるということをしていると語っていた。
バッティングでも、結果を求めるあまり、強く振れていなかったので、以下のことを伝えた。
- とにかく遠くに飛ばす。とにかく右中間に飛ばす。距離がでるのって理由があるの。ちゃんとしたスイングをしないと出ない。バットをちゃんと振れる。全力で振れる状態にしておくことが大事なの。でもゲームでなかなかそれってできない。待っているところになかなか投げてくれないから。でも、練習では少なくとも全力で振れるように作っておかないとゲームでは、とてもバットは振れない。
- リリースポイントだけを見ると緊張する。全体を見ようとすること。
これもイチローは実際に打席に入り、遠くに飛ばすことを見せた。
イチローが振ったバットはボールを見事に捕らえ、打った瞬間にフェンスを越えることがわかる勢いで飛んでいった。
野球部員からは「わーぉ!」「えぐい」という声が上がった。
イチローはその後も次々にフェンスを越えるバッティングを見せてくれた。
走塁では以下のようなことを伝え、実際に見せた。
- なるべく動きはシンプルな方がいい。やらないといけないことが増えると野球は難しくなる
- 緊迫した時は全体を見る。筋肉が緊張するとパフォーマンスが下がる
- (リードをとるとき)一回、(重心を)下げることで見やすくなる
- (相手投手が)左の時はいちかばちかリスクをとらないといけない」
- 緊張した時は全体を見る。筋肉が緊張するとパフォーマンスが下がる。
イチローの言葉に説得力があるのは、言葉だけではなく実際にそれができてしまうことをわかっているからだと思う。
イチローは、
- キャッチボール
- ベースランニング
- バッティング練習
が、基本中の基本で、これをしっかりできないでうまくはなれないし、上も目指せないという。
智弁和歌山は和歌山県では絶対に負けられないため、常に勝たなければいけないというプレッシャーがあるので、イチローにプレッシャーの話をしてくる部員が多かったということを話していた。
そしてイチローは以下のことを伝えた、いや伝えたかった。
- 状況によって生まれるプレッシャーを楽しめたらいいとか・・・いやいや、あり得ないでしょう。その上で、結果を残すしかないんですよ。そうすれば立ち向かえる。
プレッシャーの中で結果を残すことでプレッシャーに立ち向かえるようになる。実にイチローらしい考え方だと思った。
3日目:考えさせる
自ら質問し、自ら考えるということで、イチローの元に部員が質問をぶつけた。
- スローイングで意識していることはなんですか?
→胸を見せると力が伝わらなくなるので・・・バッティングと同じで相手に胸を見せないことが重要。スローイングのトップの位置は頭の横。上まで上げる必要はない。上げてしまうとどうしても腕で投げてしまう。腕で投げるのは限界があるんだよ。肩甲骨を大きく動かして上から潰しにいく指先の感覚。ボールで切る音がするようにする。
イチローに質問をぶつけ、イチローが答えた内容の意味を考えて理解しようとする。
イチローがノックを受けてボールを後ろに逸らした時に、20回ジャンプを自ら行うと部員全員も20回ジャンプを行っていたシーンが印象的だった。
そして、最後に、イチローは、「ちゃんとやってよ」「ずっと見ているから」という言葉を残し智弁和歌山をあとにした。
「ちゃんとやってよ」という言葉には、この一言であの時間(あの3日間)が思い出せるワードになるようにという思いが込められていた。
3日間という短い時間ではあったが、智弁和山の部員達にとっては、かけがえのない時間になったと思う。