7月7日は「七夕(たなばた)」
七夕は五節句の中の一つ。
現在の日本では、天の川を隔てて年に一度だけ会うことが許される織姫と彦星を祝う行事のようになっている。
従来、日本では、棚機(たなばた)という独自の儀式があった。
棚機は、巫女が織り機で布を織り、神に捧げる儀式のこと。
なぜ短冊に願いを書くのか?
では、短冊に願い事を書くのは、どういう経緯からだろうか?
中国では、七夕の節句にもう一つ「乞巧奠(きっこうでん)」という儀式が行われていた。
この儀式では、織姫(織女)にあやかって、女性が手芸や書道の技術向上を願ったという。
特に、針仕事や織物の技術向上を願うために、糸や針、さらには書道のために書き物を捧げた。
この儀式が奈良時代に日本に伝わり日本固有の棚機(たなばた)の行事と融合した。
それが、更に江戸時代になると教育の普及とともに書道が一般の人々にも広まっていった。
この時期に、技芸の向上を願うために詩や願い事を書いた紙を笹竹に飾る風習が生まれた。
これが短冊に願い事を書くようになった始まりとなる。
中国の影響を強く受けている日本
日本の七夕は、日本固有の棚機の儀式と、中国の織姫と彦星の伝説、乞巧奠が融合し、現在の七夕の行事が形成されている。
今の日本の文化は中国の影響を強く受けているものが多い。
それは現在の日本とアメリカの関係のように見えてしまう。
英語がペラペラ話せるのがカッコいい。
クリスマスやバレンタインデー、ハロウィン。
アメリカでブラックフライデーなるものが注目されると日本でも実施したり、中国の影響を受けていた時よりもアメリカの影響度の方が強い気がする。
なぜ中国との関係が悪くなったのか?
今は、中国との関係は良好とは言えないが、なぜ、こんな風に変わってしまったのだろうか?
やはり、戦争だと思う。
日本の総理が、靖国神社に参拝へ行くことに対して、中国だけではなく韓国も過敏になっている。
靖国神社には、以下の戦争で命を亡くされた軍人の方達が祭られている。
- 戊辰戦争(1868-1869)
- 西南戦争(1877)
- 日清戦争(1894-1895)
- 日露戦争(1904-1905)
- 第一次世界大戦(1914-1918)
- 満洲事変(1931-1933)
- 日中戦争(1937-1945)
- 太平洋戦争(第二次世界大戦)(1941-1945)
日本は上記の戦争において戦争犯罪とみなされる酷いことも行っている。
中でも、第二次世界大戦後に極東国際軍事裁判(東京裁判)で「A級戦犯」として有罪判決を受けた14人も祭られている。
この14人は戦争を指導した日本の政治家や軍人であり中国や韓国にとって侵略戦争の責任者と見なされていることから、国のトップが参拝に行くことは14人のことを惜しんでいるとも解釈出来てしまう。
このため、中国から見ると、日本は侵略戦争で酷いことをした国であり、簡単に許すことはできない。
そして、日本は中国を敵視している米国と懇意にしていることも中国にとっては面白くないだろう。
日本の行事は、昔は中国、今は米国の影響を強く受けて出来上がったもの。
戦争による日本への憎しみは簡単に忘れることができないことだと思う。
日本が本当に反省し、悔やんでいるのであれば、中国に歩み寄る姿勢も必要なのではないかと思う。
他国と争うことにデメリットはあっても、何のメリットもない。
隣国と仲が悪いというのは、悲しいことなので、中国とも韓国とも関係を回復していく努力も必要なように最近になって思えてきた。