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もっと早く教えてくれよって思った内容を書いていきたいと思います。

実施より中止の声が優先?

どんど焼き

Xで、多摩ニュータウンで「どんど焼き」が当日になって中止になったというポストを見た。

最初、どんど焼きってなんだろう?と思ってコメントを読んでいくと、金沢では「左義長」と言われている行事のことのようだ。

念のため、調べてみると、どんど焼きというのは、お正月に飾っていた、門松、しめ縄、書初めや昨年の授与したお守りなどを神社・寺院・公園などに持ち寄って燃やす日本の伝統的な行事。

毎年、1月15日(旧暦の最初の満月の日)に行われていたが、最近は、直近の休日に行われるようになった。

「どんど」というのは、火が燃える時の音が「ドンドン」と聞こえることから「ドンド焼き」となったとか。

昨年も除夜の鐘がうるさいと近隣住民の方に言われて中止になったということをネット記事で読んだことを記憶しているが「どんど焼き」は音よりもおそらく、燃やした時の煙を嫌う人がいるからだろう。

苦情が優先される

どんど焼きの中止を求める声が、どれくらいあったのかは、わからないが実施を求める声も多かったはず。

どんど焼き」は長年続いてきた年1回の行事。

ずっと続いてきた行事が新しく建築されたマンションの住民の声だけで中止になってしまうというのは、ずっと住んでいる方にすれば苛立ちを感じたはずだ。

しかも今回は実施当日になって中止の要請があったということなので「どんど焼き」を楽しみにして予定に入れていた方にとっては、ショックだったと思う。

今は家庭ゴミを燃やす行為はどこの都道府県でも禁止されているが、地域的慣習によるものについては例外になっている。

多摩市だけは調べてみたが「どんど焼き」は例外となっていたので、条例違反で中止したのではないのだろう。

自分は、お守りを左義長どんど焼き)で燃やすことさえ躊躇するので授与された神社や寺院に持っていくようにしている。

このため、仮に左義長がなくなったとしてと何とかなりそうだが、「しめ縄」については「燃えるゴミ」として扱うのは気が引けるのでなくなると困ってしまう。

多分、中止の要請を行った人は、「しめ縄」を飾ることをしないか、飾ったとしても「燃えるゴミ」として捨てられる方なのだろう。

古きよき伝統が無くなってしまう

左義長には、1月15日に天に帰られる「歳神様」のお見送りのためや、燃やすことで、厄を落としたり、新しい年を迎える準備を終えるという意味もあって、正月を締めくくる行事としても自分の中には浸透しているので、役目を終えた、しめ縄やお守りをどうしたらいいんだ?という気持ちよりも古き良き伝統が無くなってしまう寂しさの方が気持ち的には強い。

実施より中止が強いのか?

なぜか少数の中止要望の方が多数の実施要望に勝ることが多いように思う。

どんど焼きに関しては多くの地方自治体の条例でも、特例として認められているはずなので、それを理由に中止を求めることはできないはず。

中止の案内の文書を読む限り、近隣に住んでいる人の理解が得られなかったからという内容。

つまり、実施する側としては、全員の同意を得た上で実施したいということだと思うが、当日になって中止を求めるというのは、準備に要した時間やお金が無駄になってしまうので、いかがなものかと思う。

仮に、実施を強硬したとしても、罪に問われることはないはずなので、今回の場合に関しては当日になって言われたこともあるので、実施しても良かったように感じた。