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もっと早く教えてくれよって思った内容を書いていきたいと思います。

世の中に神は存在するのか?

日本は神と仏で溢れている

世の中には、神や仏なんていないと思えるようなことが、たくさん起きている。

もし本当に神や仏が存在するなら、そんなことが起きないようにしてくれるのではないか?

日本人の多くは、生まれながらに神も仏も存在すると信じることになる。

12月25日に、キリスト様の誕生日を祝ったかと思えば、12月31日の大みそかには。お寺で除夜の鐘を突いて、1月1日には神社で初詣

日本には神も仏も溢れている。

今回は神のみ

仏とは仏陀のことであり、日本では一般的に、お釈迦さま。

お釈迦さまの骨が1898年にインドのピプラーワー遺跡で、イギリスの駐在官(ペッペ)が地下6mの場所から骨壺を発見した。

骨壺に納められた遺骨はタイ国の王室に譲り渡された。

その一部が日本の仏教徒に分与され、現在は、名古屋の覚王山日泰寺に納められている。

これで公式に、お釈迦様は「人間」と実在していたことになる。

※本当にお釈迦様のものなのか?どうかについては個人的には、もう一つ確信が持てない。

つまり、仏教という教えを説く教祖様のような存在だと言える。

イエス・キリストは神の子、そして、人間も神の子なので、イエス・キリストも「人間」ということになる。

という事で、今回は、「神」に絞りたい。

世界の天才、アインシュタインの宗教観に大きな影響を与えたのあh、哲学者バールーフ・デ・スピノザ

スピノザは、神について以下のように語っている。

神は宗教画のような人格的な存在ではない。

神とは非人道的な宇宙の秩序であり、

宇宙の調和を保つ、見事な法則である。

アインシュタインは、これこそが私の神だと考えた。

スピノザの唱える神とは?

神は、絶対的な存在である。

絶対的な神が無限でないはずがない。

以上からスピノザは「神は無限」と結論づけた。

すると、神が無限ということは、人間の身体のような線引きがあっては無限ではなくなってしまう。

このため、神は人格的な存在ではないということになる。

そして神は無限なので、寿命、つまり「時間」という概念があってもいけない。

そんな存在は宇宙全体をも包括する自然しかない。

スピノザは、これを「神則自然」の考え方とした。

神が無限の存在ということが正しければ、スピノザの考えは正しいように思う。

しかし、もし神が無限でなければ?有限だったら?スピノザの唱えたことは破綻する。

今の自分には、神が無限でないとも、無限だとも断定することはできない。