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【今週のお題】甲子園で会おう

今週のお題「おとなになったら」

子供の頃、自分は子供だった。

何を当たり前のことを言っているんだ?と思うかもしれないが、子供は子供であって、それ以外の何者でもなくて、子供が大人になるなんて考えていなかった。

いや、子供だという概念すら持っていなかった。

だから、何かに憧れていたとか、将来、こういう職業に就きたいといった気持ちはなく、小学生の頃は、野球が中心の生活がとにかく楽しかった。

しかし、1回だけ将来のことを話した記憶がある。

仲の良かった、友達も一緒にやっていたが親の転勤で神奈川県に転校することになった。

引っ越しの日に、見送りに行って、その時に「甲子園で会おう」という約束をした。

高校野球のことで、自分は石川県の代表、友達は神奈川県の代表として甲子園に行って、そこで会おうという約束だった。

漫画なら、色々なことが起きながらも、「甲子園で会おう」という約束を実現するというのが、「お約束」かもしれないが、リアルな人の人生なんて、そんなに甘くはない。

自分は中学で野球は断念してしまった。

それも、漫画だと怪我をして投げられなくなったといった理由で断念するパターンが多いと思うが、自分は「坊主頭」になるのが嫌でという、何とも情けない理由だった。

自分が中学生の頃は、野球部=坊主頭という時代だった。

野球のトレーニングは走り込みと、うさぎ跳び。

喉が渇いても水を飲むとバテるから飲んではいけないという時代だ。

なぜ、野球だけが坊主頭なのか?

サッカー、バスケットボールは坊主頭にする必要はない。

いや、坊主頭が求められるスポーツは野球以外には思い当たらない。

坊主頭の歴史は、明治4年に明治政府が布告した散髪脱刀令にまで遡る。

それまで日本では髪は結うものだったが、明治維新以降は軍隊が強力な権力を持つようになり、国民にも軍人に見られるような坊主頭が定着した。

特に中学、高校の男子生徒は坊主頭という風潮はこの後も長く続き、長髪が容認されるようになってきたのは昭和30年代後半以降のこと。

そして、日本に野球が伝わったのも明治時代。

野球は学生のスポーツとして普及していった。

そん中、太平洋戦争が勃発した。

国家総動員法など日本全体が戦争一色なのに、学生が野球をやっていることに対して大きな批判が起きた。

このとき、野球を存続させるために声を上げたのが、早稲田大学野球部の監督だった方。

彼は「野球は軍隊式訓練にもつながる」と主張することで、日本の野球を守った。

【野球部】坊主が多い理由とは?丸刈りを辞めた高校も調査! - スポスルマガジン|様々なスポーツ情報を配信

そんなことから野球だけが、ずっと坊主頭で軍隊式の厳しい練習が伝統として受け継がれていったようだ。

なぜだろうか?

話が横道にそれてしまったが、話を戻す。

ずっと、小学生の頃に約束した「甲子園で会おう」という約束が、なぜかずっと忘れることができず、今でも頭から離れない。

これまでに、何度も約束はしてきたと思うし、守られなかった約束もあったと思うが、今でも覚えているというのは、「甲子園で会おう」という約束だけ。

なぜ、この約束だけ、今でも鮮明に覚えているのか、自分でも納得ができる理由がわからない。

最初に、思いついたのは、仲の良かった友達との最後の約束だったから?という理由。

しかし、どこか違う気がする。

野球が好きだったというのが、一番、しっくりするような気がする。

中学生になった頃、そんなに野球なんて、いつだってできると思っていたから、坊主頭が嫌だという理由だけで断念してしまったが、いざ、野球から離れてしまうと、ソフトボールは行うことがあっても、野球を行うことは、ほぼなくなった。

野球ができなくなって「甲子園」というか、本格的な野球場で大歓声の中、野球をするということが自分に取って実はとても大切なことだったのかもしれない。

小学生の頃の野球と言えば、公園のような場所に隣接された野球場か、小学校の運動場で行うのが通常だった。

グランド整備

石川県立野球場に、プロ野球の試合をチーム全員で見に行った時に、試合後の野球場の整備を手伝うことになり、整備の前に少しだけ野球場を使わせてもらうことができた。

その時の感動は今も忘れない。

グランドに立った時の感動は、何と表現すればよいのだろうか?

つい、さっきまでプロの野球選手が試合をしていた場所だ。

そこに今、自分が立っている。

フェンスやスコアボードまでが、やたらと遠い。

ピッチャーマウンドに立つと、一段、高い場所から野球場全体を見渡せる。

ホームまでがやたらと遠くに感じる。

適度な硬さの土と芝生が心地良い。

今風に言えば、見たことのない景色だ。

たった、それだけのことだが、自分が、まるでプロ野球の選手になったかのような錯覚に陥ってしまった。

家に帰ってから、高校野球プロ野球の試合が頻繁に行われている甲子園は、もっと凄いところなんだろうなぁと思った。

その後、野球からはすっかり離れてしまって、たくさんの観客の前で、野球をしてみたいという気持ちが強くなっているのかもしれない。

今回、この記事を書いていて、甲子園で野球をするという気持ちが、こんなに強いものだったのかと改めて認識した。