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もっと早く教えてくれよって思った内容を書いていきたいと思います。

老人になった新人類

レジでの出来事

レジで会計が終わりレシートを受け取ろうとするとすぐ横に老人がやって来て、自分の買い物カゴをドンと置いた。

びっくりしてレシートを受け取りながら直ぐに離れた。

コロナ渦のソーシャルディスタンスは、この老人にはないのだろうか?

60から70歳くらいだと思う。

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新人類

仮に60歳だと今から60年前に生まれたことになるので、1958年生まれになる。

この年代の人は何世代と呼ばれているのだろうか?

調べてみると「新人類」に該当するようだ。

老人なのに「新人類」という言葉に違和感を感じた。

新人類とは、「栗本慎一郎」さんという経済学者の方の造語で1980年代前半に若者と呼ばれていた人のことを指している。

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その頃の若者の年齢を仮に20歳だとすれば、1960年頃に生まれた人になる。

1980年代半ばに入社してきた当時の新入社員を新人類と呼んでいたというので22歳で入社したとすれば、1985-22=1963年生まれ。

しかし何を持って新人類と言われたのか?

栗本さんは「従来とは異なった感性や価値観、行動規範を持っている」と規定している。

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どんな人がいたか?

言わんとすることは、わかるが、具体的にはどんな人のことだろうか?

具体例を知るには新人類と言われた有名人を探すのが一番だと思った。

とんねるず松田聖子秋元康清原和博という名前がWikipediaでは記載されていた。

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新人類という言葉のイメージだと、ビッグボスこと新庄剛志さんがぴったり当てはまる。

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しかし、考えてみれば有名人になることがレアなので、新人類のイメージを有名人から感じ取るというのは無理がありそうな気がした。

Wikipedia以外で、一人だけ、気になる有名人を見つけた。

横綱の北尾さん

彼のエピソードが新人類の定義と重なった。

北尾さんは、練習では直ぐに音をあげ、嫌なことがあれば故郷に帰るが口癖だった。

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しかし身長195cmという恵まれた身体に素質が評価され将来を期待されていた。

期待通り順調に大関まで昇進したが、残念ながら優勝は一度もなかった。

優勝決定戦まで持ち込んでも最後は優勝を逃していたというので、この辺りに精神的な弱さを感じた。

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そんな北尾さんが22歳の時、2場所連続で千秋楽まで優勝争いに絡んだということから横綱審議委員会横綱昇進の審議が行われた。

優勝実績がなかったことや、精神的脆さを指摘して反対する委員もいたが、結局多数決で昇進が決まった。

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優勝実績がないのに横綱というのは随分と早い気がするが、当時、天下の大横綱と言われた千代の富士の1人横綱の時代だったので、東西2人の横綱体制を望んでいたという事情もあったのだろう。

北尾さんは四股名双羽黒としたが、横綱昇進後も優勝争いには絡んでも優勝することは一度もなかった。

ちゃんこの味付けで横綱廃業?

その後、師匠と「ちゃんこの味付け」で意見が対立し部屋を脱走し、そのまま廃業することになった。

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あまりにも、稚拙な内容に行動は世間からも批判され精神的な弱さはやはり横綱としては相応しくないと判断されるようになった。

これが、キッカケで横綱への昇進基準が厳しくなった。

「ちゃんこ」の味付けで意見対立?しかもそれで廃業?というのはあまりにも、幼すぎる内容だった。

この部分が新人類の定義と強く重なった。

実際、北尾さんは、新人類横綱などと呼ばれていたようだ。

北尾さんは子供の頃から甘やかされて育てられたということなので、我慢することを経験したことがなかったのかもしれない。

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我慢できない新人類

そう考えると親に甘やかされて育てられて我慢の経験をしていない人が増えたのが新人類の世代だと言えるのかもしれない。

レジの老人も、あと3秒待てば良いことが我慢できずに近寄ってきたのだから

我慢ができない新人類だったと言えるのかもしれない。

新人類と言われていた若者が今は老人と呼ばれる年代に歳を重ねたが、中身は新人類のまま。

我慢しないまま、ここまで来てしまった。

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もちろん、「新人類世代」の人が全員、新人類で我慢できない人達だということではない。

しかし、社会環境が、「新人類」と呼ばれるような人格の人を多く育ててしまった可能性はある。

若い時は新人類だったが、歳を重ねるに連れて変化した方もいるだろう。

「新人類世代」に限らず、我慢ができない人は多くなっているので、日本人全体が「新人類化」してしまった可能性もある。

自分は、レジで出会ったような老人にはなりたくないと強く思った。