レッドゾーン
余計なことを考えていたところへ、容体急変の連絡。
急がないといけない。
それしか、頭になかった。
そのため、うっかりと、PPE(防護服)を着用せずにマスクだけで重症患者が療養しているレッドゾーンに入ってしまい、患者の前にいた看護師が声を上げた。
「先生!レッドゾーンです!」
俺はハッとした。
コロナ病棟は、エレベータも専用のカードがないと動かすことができない。
そしてエレベータの先にも扉があり、目視でコロナ病棟の職員かを確認した上で開けてもらわないと入れないようになっている。
レッドゾーンは、そのコロナ病棟でも更にリスクの高い区域になる。
つまり、感染者の病床がある区域だ。
レッドゾーンに入る際は必ず個人防護具を着用し、レッドゾーンを出る際には脱衣する。
そして、着用場所と脱衣場所は分けられている。
しかし、気が付いた時には、既に遅かった。
治療を優先
同時に、心停止を告げるアラームが鳴り響いた。
もう、防護服を着ている時間はない。
ECMO(エクモ)は全て使用中なのは承知しているので人工呼吸器とAEDの準備を指示した。
俺は、そのまま心臓マッサージを始めた。
これで、俺も濃厚接触者だ・・・
数分行っても戻ってこないので、AEDを使った。
2回で何とか戻ってきてくれた。
そして、エピネフリンを投与した。
エピネフリンというのは、心臓の働きを強め末梢の血管を縮めることで血圧を上昇させる作用がある。
今では、アドレナリンに統一されているが、昔からの習慣で俺は今でもエピネフリンと言っている。
暫く様子を見て、安定したようなので、あとは看護師に任せた。
医者が濃厚接触者
さぁ俺は、どうする?
とりあえず、手指消毒を行い、防護服を着て、エアーシャワー室に入った。
これで、濃厚接触者として、2週間の自宅待機かと思っていた。
しかし、何日か前に医療従事者が濃厚接触者になった場合、ワクチン接種を完了していれば医療機関の判断で医療に従事できるようになっているようだ。
今日、緊急の会議で決めるということで、とりあえず今日は自宅待機となったので自分の車で帰った。
医師の労働時間
時間はまだ、午後2時前
こんな明るい時間に帰るなんてことは、まずないので妙な感じだ。
勤務医の年間時間外労働時間の上限も36協定が適用され年間360時間。
1ヶ月45時間が上限だ。
しかし、実際は360時間では全く足りない。
毎日朝9時から午前0時まで病院にいる。人の命には休みはないので、土日祝日だからと休んではいられない。
すると2000時間は超えているはずだ。
まぁ、待機時間もあるが、それでも好んでやりたいと思うものは少ないだろう。
これが2024年からは原則960時間に変わる。救急などの場合は1860時間までの例外も追加される。
働き方改革だと言ってるが、医療の世界は人の命に関わる仕事なので、今月は45時間を超えたので帰っていたのでは、救える命が救えないことになる。
そんなことから1860時間に変えるのだろうが、なぜ、2024年からなんだ?
今すぐに変えろよ。
いやいや、そもそも今、過労死ラインが月80時間だとか言われているのに、医師には月155時間まで働けってことになる。
医師は濃厚接触者になっても陽性でない間は診療を続けても良いとか無茶苦茶だ。
全て、医師が不足しているからだ。
義務教育でもプログラミングの授業を行うようだか、そのうち、医師を育成するために、今はなくなった、カエルやフナの解剖とか復活するのではないかと思っている。
自分勝手な人達
そんなことを考えていると、突然、左側から車が前に割り込んできた。
思わず、「危ない!」と叫んでしまった。
どうやら、60代くらいの女性で他にも2名ほど同年代の女性が乗っており楽しそうに話しているように見える。
割り込んできたかと思ったら、直ぐにブレーキランプがついた。
まさか、割り込んできて直ぐにブレーキを踏むとは思っていなかったので、こちらも急ブレーキを踏んだ。
そして左折のウィンカーが出され、コインパーキングに入っていった。
なぜ、割り込んできた?
俺の車の後ろに車はいないぞ?
それに、ブレーキ、ウィンカーなんだ?順番が間違っている。
ウィンカーを何のためのものだと思っているのだ?
どちらに曲がるかを知らせる意味もあるが、車のスピードを突然、緩められたらぶつかるので、事前にウィンカーを出して後ろの車にスピードを緩める準備をさせるためでもある。
そう考えれば、ウィンカーのあと、暫くしてからブレーキだろ?
とにかく出せば良いというものではない。
更に信号が赤に変わった。
この割り込みがなければ止まることは無かった。
無理な割り込み、突然のブレーキと左折によって、こちらも急ブレーキ、その上、信号待ちにさせられ、その間、無駄にガソリンを消費することになった。
これは訴えられないのか?といつも思う。
コインパーキングに止めた車からマスクもしないで車から出てきた。
この輩は、マスクをしないで話していたのか?
ワクチン接種が終わったから感染しないとでも思っているのだろう。
そしてマスクは自分が感染しないために着用するのだと思っているだろう。
命に格差はないと教えられてきたが、こういう場面に遭遇すると、こういう輩が事故を起こしたり、コロナ感染を拡大するので、「百害あって一利なし」というラベルを貼っておきたいと思った。
今日は、これで、終わりではなかった。
40Km制限の道路に入ったので速度を落とした。
後ろには、車間距離をやたらと詰めてきた車がいた。
ミラー越しにドライバーの顔を見ると、30代位の男性でイライラしている様子だ。
俺が制限速度ピッタリ走っているので、遅いと思ってイライラしているのだろう。
しかし、法的には俺が正しいんだ。
狭い道路なのに、車間距離を詰めたまま車を左右に移動させている。
これが、煽り運転というものなのだろう。
行きは渋滞、帰りは深夜に帰っているので、車の量も少ないので、このような経験はほとんどなかったが、昼は、こういう身勝手な運転をするものが多いということなのだろうか?
こんな奴らの命を助けていたのか?
そして、平日の昼間に自分勝手な運転をしているような人間が、路上飲みだとか、不要不急の外出をして感染を拡げているのだろうか?
そして、そんなことも知らずに、休みもほぼなく、朝から深夜まで、そういう輩の命を助けていたのかと思うと、無性に腹が立ってきた。
【後編に続く】