子供が描いた絵
友人と、児童館に行った時のことです。
子供達が書いた、絵が壁に沢山、展示されていました。
その中から、友人が1枚の絵を見つけました。
絵本の「ちびくろ さんぼ」の1シーンを書いた絵でした。
この絵本は僕も子供の頃に読んでいたので、覚えていました。
小さな男の子がカラフルな服を着て歩いていると次々にトラに遭遇し、その都度、着ている衣服を1枚ずつ渡して許してもらうという話です。
そして、トラ同士で奪った衣服を巡り争いが起きて、木の周りをグルグル回り始めます。凄い勢いで回ったためにトラが溶けてバターになってしまい、衣服を取り戻すことができるという不思議な話です。
そして、友人はその絵を見ながら「強い口調」で語り始めました。
「ちびくろ さんぼ」って人種差別の本ということで、絶版になったはずで、子供に読ませないようにしないといけないのに・・・と絵を描いた子の親を批判しました。
僕は、あの話のどこが差別なの?と質問しました。
すると「さんぼ」って名前が差別用語だという答えが返ってきました。
今は、そんなことになっていたのか・・・と驚いていると、友人の隣にいた女の子が泣きながら走りだして絵が飾ってある壁の隣の部屋に入っていきました。
僕も友人も、あの絵を描いた女の子だ・・・と察しました。
きっと、自分の絵のことを話していることに気がついて僕たちの話を聞いていたのでしょう。しかし、友人が強い口調で差別について話していたので、自分が悪いことをしたように感じてしまったのだと思います。
友人は、女の子が入っていった部屋に向かったので僕もついていきました。
部屋に入ると女の子が、お母さんのところで泣いていました。
友人は、しきりに謝っていました。
「ごめんね、ごめんね・・・あなたは悪くないの・・・」
お母さんにも事情を話し謝りましたが、女の子が泣き止むことはありませんでした。
友人はかなりショックを受けたようで、事務所に行って紙をもらい、女の子への手紙を書いていました。
その間、僕は何とも言えない気持ちで待っていました。
女の子はもちろん、差別の気持ちなんてなくて、絵本を読んで面白かったから、印象に残った場面を絵に描いただけです。
女の子は全く悪くありません。
友人は、絵を描いた子がまさか、隣にいるとは思っていなかったので、強く語ってしまっただけで、女の子を責める気持ちはありませんでした。
友人もショックだったと思います。
手紙を書き終えると、女の子がいる部屋に戻り、女の子に手紙を渡していました。
僕は、友人にかける言葉がみつかりませんでした。
ちびくろさんぼは人種差別の絵本ではない
「さんぼ」というのは、黒人に対する蔑称でもあるようですが、「ちびくろさんぼ」の話の舞台である、インドでは、シヴァ神のヒンドゥー教に由来するシャンボー(Shambho)から変化した名前で現地語でSamboはサンボーと呼ばれ人名によく使われているそうです。
作者の方に差別意識はなかったはずです。
それが、米国で海賊版が出回った時に、主人公がインド人の子ではなく、アフリカ人の子に変えられてしまったことで、人種差別問題になってしまったようです。
人が作った話を勝手に販売しただけでなく、勝手に改変し、更には、人種差別の絵本に貶めてしまったのです。
日本も米国と同じように海賊版が出回り米国で人種差別だと騒がれると、日本でも同じように絶版にしています。
人種差別の種を蒔いている
人種差別に過剰な反応を示すことで、今度は、小さな女の子を傷つけて、傷つけた人もまた、傷つくことになったのです。
差別しないように意識すればするほど、僕は差別しているのだと思います。
差別ってしないように努力するってことじゃないと思うんですよね。
差別しないように努力しているってことは、差別する自分がいるってことですよね?
つまり、しないようにしているだけで心の中では差別している自分がいるってことなんです。
人種差別はいけないと騒ぐことで、人種差別の種が蒔かれて芽が出てくるんです。
これまで、意識しなかった人まで、意識するようになり人種差別の輪が拡がってしまっているんです。
「Black Lives Matter」って言葉が多用されていますが、日本語だと「黒人の命は大切」って意味ですよね?なぜ、わざわざ、言わないといけないのでしょうか?言うこと自体が差別発言のように聞こえます。
黒人の命が大切にされていないから、そんなことを言うわけですよね?
この時点で、差別しているんです。
どうしても言葉にしたいなら、「All Lives Matter」というべきだと思います。
僕は、人種差別に反対する活動が逆に差別を増長していると思うんです。
日本人は黒人に対して、「怖い」というイメージは持っている人はいても、「差別」という意識はないと思います。
米国で、人種差別に反対する運動が起きているから日本も考えないといけないって考えることは、雑草の生えていない畑に雑草の種を蒔くようなものです。
中国でも過剰な反応
映画「モンスターハンター」が人種差別的表現で中国での上映が中止になり、製作会社が謝罪するという報道がされています。
- 問題となっているのは、走行中の車のなかでの会話だ。MCジンとして知られる中国系アメリカ人ラッパーで俳優のJin Au-Yeungが、相棒の白人男性に「俺の膝を見てくれよ」と話しかけ、「いったいどんな膝をしてるんだ?」と聞かれ「チャイ・ニーズ(Chi-nese)」とダジャレを言う。膝(Knees)と中国人を意味するチャイニーズのニーズ(Nese)という音節をかけたジョークだが、中国ではこの表現が人種差別だと炎上。アジア人に対する差別的な意味が込められたアメリカの古い童謡「Chinese, Japanese, Dirty Knees(中国人、日本人、汚い膝)」というものがあり、その歌にかけたジョークと解釈されたからだ。
多分、制作側に今回、問題にされているような意図はなかったと思います。
人種差別に過敏になってしまっているため、意図したこととは違う解釈をしてしまったのです。そして、それは、白人がこれまで、行ってきた人種差別によるものです。
自分たちとは肌の色が異なるという理由だけで差別するなんて考えられません。だから、中国では自分たちを差別してきた白人の国が作った映画の差別的表現に敏感になっているのです。
白人がこれまでに行ってきたことが、映画でアジア人を差別するような表現をする奴という差別意識を持たせてしまったのです。
だから、中国で騒いでいることも僕は白人を差別していることだと思います。
日本では?
そして、日本では、在日外国人の子を題材したナイキジャパンのCMが批判されているようです。
- 「在日問題」も扱ったアスリートのCM動画をナイキジャパンがユーチューブ上などに投稿し、様々な声が寄せられている。
【出典】ナイキCM、「差別」踏み込んだ動画の真意 広報担当者「このフィルムの目的は...」: J-CAST ニュース【全文表示】
制作者側のコメントが公開されています。
ナイキジャパンの広報は2020年12月1日、J-CASTニュースの取材に対し、CMの意図だけに絞って次のようにコメントした。
- 「このフィルムの目的は、若者が自分の望む変化を生み出し、自らの未来を形成するために力づける手段としてスポーツを推進することです。私たちは、スポーツがより良い世界がどのようなものであるかを伝え示す力を持ち、世界を前進させるポジティブな変化を促す原動力になると考えています。ナイキは声を大にしながら全ての人々に対する包摂性、敬意と公平な対応を訴えていきます」
【出典】ナイキCM、「差別」踏み込んだ動画の真意 広報担当者「このフィルムの目的は...」: J-CAST ニュース【全文表示】
人種差別が騒がれているこの時期に、わざわざ問題になるようなことをする意味はないんです。
人種差別に敏感になり過ぎているから、意図していることが正確に伝わらず、差別だと感じてしまうんです。
騒げば騒ぐほど、差別の輪は広がるんです。
その典型が「大阪なおみ」さんです。
彼女の試合中に自分のラケットを投げつける人間性が僕には受け入れられません。
そんな彼女が行っている人種差別に関することは、僕には逆に不快に感じます。
黒人男性が警察官に7発銃撃された事件に抗議し、「私はアスリートである前に黒人女性です。今は私がテニスをする様子を観るよりも、重要なことがあると思います」と訴え、ウエスタン・アンド・サザン・オープンの準決勝を辞退するとしていましたが、結局は出場しています。大阪さんの想いを考慮して1日延期してくれたからだということですが、この件で大阪さんが行なっていることが全てパフォーマンスのように思えるようになりました。
問題になっているナイキジャパンのCMには大阪なおみさんも出演しています。
「日本にも人種差別はある」ということを訴えたかったのかもしれません。
日本でも人種差別はあります。
しかし、徐々に減っているんです。しかし今回のナイキジャパンのCMは、また種を蒔いたように感じました。CMに込められたメッセージを批判するつもりはありません。日本では人種差別はないと思えるほどになっていたのにまた、人種差別に目を向けさせたのです。
人種差別問題が、色んな人、企業のネタにされているだけのように感じられて凄く不快です。